サンサーンス編曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ BWV1005

ここ15年ほど、演奏会に出演させてもらえる機会には、ほぼ毎回バッハ関係の曲を取り上げています。弾きたい曲はたくさんあって尽きなく、どれを弾こうかなかなか決められません。そこで、ここ数年はアニバーサリーイヤーにあたる音楽家による編曲、という条件を取り入れています。さて2015年は誰がいるかと調べたところ、カミーユ・サンサーンス(Camille Saint-Saëns, 1835-1921)が生誕180年、ということでサンサーンス編曲のバッハに挑戦しました。
サンサーンスは、バッハのピアノ編曲として12曲(BWVでカウントすると13曲)残しています。6曲ずつセットで、第1巻は1862年に、第2巻は1873年にDurandから出版されました。先輩であるリストの編曲(6つのオルガン前奏曲とフーガの編曲は1952年に出版)と比べた大きな違いは、バッハのオリジナルが鍵盤楽器の曲ではない、カンタータや無伴奏ヴァイオリン曲からの編曲であることです。
今回私は、この第2巻の中の2曲目、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番(※1)の第2楽章「フーガ」の編曲に挑戦しました。
Bach=Saint-Saens/Fugue from Violin Sonata BWV 1005
バッハの作品の中でも最も長いフーガであり、なんと354小節(※2)にわたりヴァイオリンだけで壮大な世界が繰り広げられる傑作です。フーガの主題はコラール「来たれ、聖霊よ、主なる神よ」であり、他のフーガと比べても息の長いテーマに、半音階の対位句が付いて回ります。軽快なエピソードを数回挟みつつ一旦頂点を築いた後、後半は逆行形でテーマが現れ、特に半音階上行により自信に満ちた音楽へと変わっていきます。サンサーンスの編曲は、この偉大なフーガをピアノで自然に弾けるようにしていることが何よりの功績ですが、特に広い音域を使うようにしていたり、裏拍を刻みながら盛り上がる部分などはピアノに適した表現となっていると思います。
今回もう一つの挑戦は、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番の第1楽章であるアダージョを編曲し、「前奏曲とフーガ」の形で演奏することでした。このアダージョは属調で終わり、さらにフーガも属音から始まることからも、それぞれ単独で演奏するよりもペアで演奏することが望ましいと言えるでしょう。さてこのアダージョは、実はバッハ自身によるチェンバロ用編曲が残されています。番号は BWV 968 が付けられているもので、バッハ自身によりト長調に移調されています。これは他のバッハ自身の編曲を色々見比べてみても、音の加え方などが手が込んでいます。バッハは自作の無伴奏弦楽器曲を鍵盤楽器でもよく弾いていたことを証明する良い例です。今回サンサーンス編のフーガとペアで演奏するにあたり、バッハ編曲のアダージョをハ長調に戻し、数ヶ所ピアノ向けに修正しました。またピアノの楽器特性に合わせて、両楽章ともに一般的なヴァイオリンでの演奏よりも速いテンポで演奏しました。
J.S. Bach=Saint-Saëns=Tanaka: Prelude and fugue from Sonata for violin solo No.3 in C Major BWV 1005
(※1) 当時は無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの区別をしていなかったようで、原題は「Fugue de la 5 e Sonate de Violon」となっていましたが、ここでは現代の番号体系に合わせています。
(※2) 同じような描写と判断したのか、サンサーンスの編曲では原曲の106小節目から135小節目の30小節を思い切って省いています。