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Walter Rummel - J. S. Bach Adaptations

今回は ワルター・ルンメル(Walter Rummel, 1887-1953)によるバッハのピアノ編曲の紹介です。
rummel_score.jpg
以前から楽譜や音源が揃っていたにもかかわらず、結構な量の編曲があり未整理のままになっていました。今回数点のルンメル編の古い楽譜を入手したので、改めて整理してみました。
ルンメルはドイツ出身の作曲家兼ピアニスト。1922年から1938年にかけて、J & W Chester社から全25曲ものバッハのピアノ編曲を出版しました。「Adaptations」という言葉を選んで表記しています。ルンメル編曲の特徴は、カンタータなどの声楽曲(またはその序曲などの器楽曲)からの編曲がほとんどであることで、瞑想的な曲から愛らしい曲、激しい曲まで非常にバラエティに富んでいます。そしてデュナーミクやアゴーギクの指示も多く、とても自由な編曲です。いくつか例を挙げてみましょう。

Bach=Rummel/ Sinfonia from Cantata BWV 12
これはカンタータ第12番「泣き、嘆き、憂い、おののき」の第1曲、シンフォニア。譜面面からは一見してバッハの曲とは見えないのではないでしょうか。幻想的な雰囲気の曲になっています。


Bach=Rummel/ Aria 'Zu Tanze, zu Sprunge' from Cantata BWV 201
これは世俗カンタータ「フェーブスとパンの争い」から、パンの踊り「踊れ、跳ねよ」の編曲。打って変わって、軽快で愛らしい踊りの音楽です。


Bach=Rummel/ Aria 'Esurientes implevit bonis' from Magnificat BWV 243
この曲はマニフィカトからのアリア「エスリエンテス」。高い音域が好んで使われ、牧歌的かつ神々しい音楽が流れます。


Bach=Rummel/ Orchestral Overture from Cantata BWV 146
そして最後に紹介するこの曲はカンタータ 第146番 より「われらは多くの患難を経て」。のちにクラヴィーア協奏曲 ニ短調 BWV 1056の1楽章に転用される音楽ですが、壮大で劇的な内容になっています。上の譜例だけではわからないですが、この後ピア二スティックな書法がふんだんに使われています。

さて楽譜は、当時1曲ごとのピースになっていたものをまとめてIMSLPで入手することができますが、現在入手可能な出版譜としては2008年にChester Music社から12曲を抜粋し収録されたものがあります(上写真で赤色表紙のもの)。収録曲は以下の通りです。

カンタータ「いとも尊きレーオポルト殿下よ」 より「御名が太陽のように、星のように輝かんことを」
カンタータ 第22番 より「汝の善行により我らを浄めたまえ」
カンタータ 第26番 より「ああ、いかに儚き、ああ、いかに空しき、人の人生よ」
最愛のイエス、われらここにあり
天にいます我らの父よ
カンタータ 第99番 より「神のみわざはよきかな」
カンタータ 第126番 より「打ち倒せよ」
マニフィカト ニ長調 より「飢えている者を良いもので飽かせ(エスリエンテス)」
クリスマスオラトリオ より コラール「われらは汝に向かいて歌いまつらん」
カンタータ 第78番 より 二重唱アリア「われらは急ぐ,弱けれど弛みなき足どりもて」
カンタータ 第92番 より アリア「荒き風吹き来たるは」
カンタータ 第146番 より「われらは多くの患難を経て」


hyperion_rummel.jpg
音源としては、hyperionから出ているバッハ・ピアノ編曲シリーズの第6弾、 Bach Piano Transcriptions Vol. 6 に全曲収録されています。容易に入手することができるので是非聴いてみてください。様々なタイプの曲があるので、きっと好みの曲が見つかることでしょう。


レオポルド・マネス編曲のバッハ

コダック社でレオポルド・ゴドフスキー Jr.と共にカラーフィルムを発明した一人として著名な、レオポルド・マネス(Leopold Mannes, 1899-1964)編曲のバッハの楽譜を入手したので紹介します。

mannes_prelude_e.jpg

原曲は無伴奏ヴァイオリンパルティータ ホ長調のプレリュードです。この曲は複数の音楽家が編曲していますが、ラフマニノフによる編曲が最も有名でしょう。ラフマニノフ以外の編曲は、右手でヴァイオリンの原曲を奏でて左手でベースを補強する程度の編曲がほとんど。それに対してマネスの編曲は、まるでゴドフスキーの編曲のように音の隙間を対旋律や増幅された和音で埋め尽くしている編曲です。冒頭の譜面は以下のようになっています。

Bach=Mannes/ Prelude in E major

マネスは、歴史上では前述のように発明家としてより広く認知されていますが、音楽の才能もかなりありピアニスト・作曲家・音楽教師としても活躍しました。ゴドフスキーと編曲書法が似ていることや、ゴドフスキーJr.がヴァイオリニストでもあったことなどがこの編曲誕生のエピソードとして隠れていないかどうか勘ぐってしまいます(妄想です)。

メルジャーノフ編曲のバッハ

ヴィクトル・メルジャーノフ(Victor Merzhanov, 1919-2012)は、ロシアのピアニスト・音楽教師。長い間モスクワ音楽院の重鎮として君臨していました。
ショパンやリスト、スクリャービン、ラフマニノフなどの作品を演奏しレコードやCDをいくつか残しており、CDは Vista Vera などからリリースされています。
また、サムイル・フェインベルグの高弟で、フェインベルグの作品やバッハ編曲の録音なども残しています。そんなメルジャーノフが、自身で編曲したバッハのピアノ編曲楽譜を入手しました。
merzhanov_transcription.jpg
収録曲は以下2曲。

* コラール前奏曲「最愛のイエス、われらここにあり」 BWV 731
* コラール「ただ神の摂理にまかすもの」と3つの前奏曲 BWV 690&691&642

コラール前奏曲「最愛のイエス、われらここにあり」 は比較的有名な、美しいコラール前奏曲。コーエン編などが有名ですが、比較すると重厚感のある編曲です。
Bach=Merzhanov/ Chrale Prelude BWV 731
コラール「ただ神の摂理にまかすもの」と3つの前奏曲は、まずはコラールを提示した後に、同コラールを元にしたバッハのコラール編曲3曲をコラール変奏曲のように3曲ならべています。第1番は BWV 690第2番は BWV 691第3番は BWV 642です。

どの編曲も、広い音域を無理なく使うように、バスを低音で奏でた後に左手を交差させて高音部にメロディーを補完するといったような、師であるフェインベルグを彷彿させる編曲テクニックが随所に見られます。
Bach=Merzhanov/ Chrale Prelude BWV 731

ストラダルが残した手稿譜

ストラダルは、以前取り上げた通り膨大な数のピアノ編曲を残しています。彼の作品リストは文献として残っていますが、その中で出版されずに手稿譜として残されている作品も多くあり、バッハの編曲は20種類を超えます。これらが手稿譜のまま忘れ去られてしまう(現に作成から100年近く経っています)のは大変残念なことです。そこで私は、これらを浄書して後世に残していきたい(大袈裟ですが)と考え、現時点で既に4曲浄書しました。追って紹介していきたいと思います。

さてストラダルの残したピアノ編曲は、とにかく2本の手で可能な限りたくさんの音を拾おうとしており、重厚な音楽となっています。2オクターブ以上にわたる常識はずれな和音や跳躍が平気で出てくるため、楽譜通りにインテンポで演奏するのは不可能なのではないかと思わされます。他の音楽家の編曲作品と比べても、ストラダルの編曲結果は決して傑作と呼べるものではないと思いますが、ストラダルの魅力は、他の音楽家がピアノソロに編曲しようとは思いもしない曲の編曲をたくさん残してくれたことで、強引ですが少なくとも2段譜に収まったピアノ譜として音楽を眺めることができるのです。また、原曲の声部ごとの動きがわかるような記譜になっており、原曲をイメージしやすい編曲とも言えます。

そんなストラダル編の手稿譜を浄書することは、ストラダルの編曲結果をなぞるというよりも、バッハの原曲、その作曲技法を堪能できる(勉強できる)と思います。おかげで私にとって、ストラダル編の浄書はピアノを弾くのと同じくらい楽しい作業になりました。副次的な効果として、楽譜製作ソフト・Finaleの使い方もだいぶわかってきて、入力スキル・スピードも向上しました。

バッハが先輩音楽家の楽譜を写譜することで作曲を学んでいったように、この浄書が私の編曲スキル向上に役立つともっといいなと思いつつ、気長に浄書は続けていこうと思います。


    【ストラダルが手稿譜として残したバッハ編曲作品リスト】
  • カンタータ 第12番 「泣き、嘆き、憂い、おののき」 BWV 12

  • カンタータ 第78番 「イエスよ、汝はわが魂を」 BWV 78

  • マタイ受難曲 BWV 244 より 合唱「われらは涙してひざまずき」

  • ヨハネ受難曲 BWV 245 より 合唱「安らかにお眠りください、聖なる亡骸よ」

  • 7つのオルガン曲
     1. カンツォーナ ニ短調 BWV 588
     2. 前奏曲 イ短調 BWV 569
     3. フーガ ト短調「小フーガ」 BWV 578
     4. フーガ ロ短調「コレッリの主題による」 BWV 579
     5. フーガ ハ短調 BWV 575
     6. トリオ ニ短調 BWV 583
     7. 幻想曲 ハ短調 BWV 562

  • パストラーレ ヘ長調 BWV 590

  • コラールパルティータ 「キリストよ、汝真昼の光」 BWV 766

  • コラールパルティータ 「おお神よ、汝義なる神よ」 BWV 767

  • コラールパルティータ 「喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ」 BWV 768

  • トッカータ 嬰ヘ短調 BWV 910

  • トッカータ ハ短調 BWV 911

  • トッカータ ホ短調 BWV 914

  • 前奏曲 変ホ長調(第1版) ~ 無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV 1010 より

  • 前奏曲 変ホ長調(第2版) ~ 無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV 1010 より

  • 管弦楽組曲 第1番 ハ長調 BWV 1066

  • 管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV 1067

  • 管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV 1068

  • モテット「われは憂い多く」による序奏とフーガ(リストによるオルガン編曲による)
       (カンタータ 第21番より)


August Stradal (1860-1930)

ストラダル(August Stradal, 1860-1930)(ストラーダル)、チェコのピアニストで、1860年に生まれ1930年3月13日に没しています。ブルックナーやリストの弟子に当たり、リストの名演奏家として名を馳せていたようです。この音楽家は私にとって長い間謎の存在でした。大量のピアノ編曲を残しており、バッハのピアノ編曲も膨大な数が残されています。当然ほとんどが絶版になっているため世界各地に散らばって残っているものをかき集めるしか方法がありません。その編曲作品のリストには、バッハやブクステフーデのオルガン曲、ヘンデルの協奏曲、リストの交響詩、ブルックナーの交響曲など通常ピアノ編曲など考えられないような大曲が並び、抜粋でなく全曲が編曲されておりその量に圧倒されます。ことバッハに関しても、多くのオルガン曲や、ブランデンブルグ協奏曲の全6曲など相当数の編曲を残しています。本ページの曲目データベース上も、まだすべて整理し終わっていません。

ところで、最近ストラダルの真相に近づくひとつの契機がありました。チェコに住む音楽愛好家と知り合いになり、その彼がストラダルについて研究していたのです。彼曰くストラダルは国内でも忘れ去られておりほとんど知られていないそうですが、各種図書館や博物館には数多くの楽譜や自筆譜が残されているとのことでした。残された自筆譜は、出版されている編曲作品以外にも多く存在するようです。実際にいくつかの自筆譜を見せてもらいましたが、発想記号や指使い、ペダル指示等が細かく書き込まれ、かつ非常に見やすいものでした。

さて、ストラダルの編曲手法は比較的単純で、原曲の音をできる限りたくさん拾おうとするものです。結果、インテンポで演奏するのはかなり難しい編曲になっていると思います。中には常識を超えた、2オクターブ以上にわたるアルペッジョや重音進行を多用されています。たとえば、以下の譜例はブランデンブルグ協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV 1046のピアノソロ編です。音も多く、「重厚派手」という言葉がぴったりな編曲です。

Bach=Stradal/ Brandenburg Concerto No.1 in F major BWV 1046
(Bach=Stradal/ Brandenburg Concerto No.1 in F major BWV 1046)

作品によっては音を追加しているものもあれば、原曲の音をそのままピアノ譜におこしているものもあります。ある程度分類できそうですが、また後日作品を取り上げて書いていきたいと思います。


(2010.4.1追記)
ストラダル編曲のブランデンブルク協奏曲集の出版のお手伝いをさせてもらいました。ストラダルについて調査した内容を、解説にまとめました。

The Art Of Samuel Feinberg Vol. 3

注文していたCD、「The art of Samuel Feinberg, Vol. 3: J.S. Bach works for clavier and organ」が届きました。フェインベルグ(Samuil Feinberg, 1890-1962)は、私の最も気に入っている音楽家の一人であり、その独特なバッハ演奏解釈は心を捕らえて離しません。私のホームページの中でも、平均律全2巻のCD紹介や、編曲集のCD紹介で書いていますので、そちらもご覧下さい。

さて、今回購入したこのCD「The art of Samuel Feinberg, Vol. 3: J.S. Bach works for clavier and organ」は、既に持っていた編曲集のCDとほとんどの曲が重複しますが、唯一初CD化された音源として、「イタリア風アリアと変奏 BWV 989」が収録されています。露メロディヤのディスコグラフィからはこの曲の存在が確認できていましたが、永らくその録音を耳にすることができないでいました。ぱっと聴いてすぐに判る、フェインベルグのクセのある演奏。今回ようやくCDで聴けて感動しています。

フェインベルグのその他の録音や作品については、こちらのページで紹介しています。ただ大半は通常手に入れるのが難しい状態です。今回取り上げたCDは、Amazonで以下のリンクから購入できます。

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Alexander Siloti (1863-1945)

シロティ(Alexander Siloti)に関する書籍、「 Lost in the Stars: The Forgotten Musical Career of Alexander Siloti 」が最近届きましたので紹介します。(日本では一般にカタカナで「シロティ」と表記されますが、発音は「ジロティ」の方が近いようです。ですが、このサイトでは「シロティ」と統一しています)
シロティはリスト、アントン・ルビンシュタイン、チャイコフスキーの弟子であり、ラフマニノフの師でもあります。バッハのピアノ編曲を多く残しており、Carl Fischer社から出版されているThe Alexander Siloti Collectionにも大多数の作品が収録されています。
この本には、シロティが残したバッハの編曲作品のうち14曲を収録したCDが付録で付いています。このCDでしか聞けない編曲(2007.8時点)もいくつかあり、かなりマニアックな音源の一つです。

シロティ編曲の録音で、より手に入れやすいCDとして「Bach Piano Transcriptions - 5 」があります。このCDには、シロティのほか、ゲディケカバレフスキーカトワールなどロシアの音楽家による編曲が収録されています。

追記:The Alexander Siloti CollectionのSheetMusicPlusのリンクはこちら。

The Alexander Siloti CollectionLook Inside
The Alexander Siloti Collection (Editions, Transcriptions and Arrangements for Piano Solo). By Nikolai Rimsky Korsakov Franz Liszt. Edited by Alexander Siloti. Piano. For Piano Solo. Soft Cover. Standard notation. 288 pages. Published by Carl Fischer (CF.PL112)
...more info

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プロフィール

田中 博幸 (Hiroyuki Tanaka
hiro105@cc.rim.or.jp
音楽、バッハ、ピアノが好きなサラリーマン。バッハのピアノ編曲に関する楽譜/音源を収集、研究している。フーガやカノンなどの対位法的楽曲を好む。ピアノの他、和声と対位法を勉強中。片手のためのピアノ編曲を創作。「左手のアーカイブ」プロジェクトで編曲家として活動。
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
IMSLPに公開した作品は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植 ライセンスに基づく。

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