バッハの音楽のピアノ編曲というと、たいていは「ピアノ演奏会」用の芸術作品を目指しているもの(成功しているかどうかは別として)が多いと思いますが、今日は思い切って「練習曲」としているもので、その中でも純粋なテクニック向上のためを目的とした曲を紹介します。
フランスの名ピアニストであり名教師として有名であるフィリップ(Isidor Philipp)は、大量のバッハの編曲を残していますが、その中でも一風変わったものとして、「バッハの主題によるオクターブ練習曲 作品53」(Etudes En Octaves d’apres J. S. Bach Op.53)があります。これは、バッハの2声の楽曲を左右ともオクターブで弾かせるというものです。全15曲あり、構成(原曲との対応)は以下の通りです。
Etudes | Original Works | No. |
---|---|---|
第1番 | 2声のインヴェンション 第2番 ハ短調 | BWV 773 |
第2番 | 2声のインヴェンション 第5番 変ホ長調 | BWV 776 |
第3番 | 2声のインヴェンション 第8番 ヘ長調 | BWV 779 |
第4番 | 2声のインヴェンション 第9番 ヘ短調 | BWV 780 |
第5番 | 2声のインヴェンション 第11番 ト短調 | BWV 782 |
第6番 | 2声のインヴェンション 第13番 イ短調 | BWV 784 |
第7番 | 2声のインヴェンション 第15番 ロ短調 | BWV 786 |
第8番 | フランス組曲 第2番 ハ短調 「メヌエット」 | BWV 813/4 |
第9番 | フランス組曲 第2番 ハ短調 「ジーグ」 | BWV 813/7 |
第10番 | フランス組曲 第3番 ロ短調 「前奏曲」 | BWV 814/1 |
第11番 | フランス組曲 第3番 ロ短調 「ジーグ」 | BWV 814/7 |
第12番 | イギリス組曲 第1番 イ長調 「ブーレ」 | BWV 806/6 |
第13番 | イギリス組曲 第2番 イ短調 「ジーグ」 | BWV 807/7 |
第14番 | パルティータ 第3番 イ短調 「幻想曲」 | BWV 827/1 |
第15番 | 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第10番 ホ短調 「フーガ」 |
BWV 855/2 |
いくつか実際に楽譜を見てみましょう。まずは1曲目、原曲はインヴェンション第2番です。
(Philipp/ Etudes d’Octaves d’apres J. S. Bach No. 1)
2声のインヴェンションをもとにした曲が続いた後、組曲で2声で書かれた曲が対象になっています。たとえば第12番では、イギリス組曲第1番のブーレを元にしています。
(Philipp/ Etudes d’Octaves d’apres J. S. Bach No. 12)
第14番では、パルティータ第3番のファンタジアです。
(Philipp/ Etudes d’Octaves d’apres J. S. Bach No. 14)
なおこの「Etudes En Octaves d’apres J. S. Bach Op.53」以外にも、同じアイデアの曲集があり、それは実際に私も持っています。Durandから出版されている、「Etudes d’Octaves」で、同じようにオクターブ練習曲ではありますが、クレメンティ、ショパンなどの曲を元にしています。その中に1曲バッハのインヴェンション 第14番 変ロ長調を元にした練習曲が収められており、この曲は「Etudes En Octaves d’apres J. S. Bach Op.53」には収録されていません。
(Philipp/ Etudes d’Octaves No. 4 (d’apres J. S. Bach))
バッハオリジナルのインヴェンションは、技巧を習得するためだけの練習曲ではなく、作曲技法の手引きでもあり豊かな内容をもつものでしたが、ここでは純粋な技巧練習曲になってしまっています。一方でオクターブ奏法はバッハのピアノ編曲にチャレンジする上で避けて通れないものです。ピアノ編曲を演奏できるようになるためのメソッドがあるとすれば、この曲集もカリキュラムに含まれるのではないかと勝手に想像をふくらませて今回の記事は終わりにします。