左手のためのバッハ小前奏曲集と演奏会

2017年5月17日、大阪のザ・フェニックスホールにて、『左手のピアノ音楽史編纂プロジェクト ~バッハを中心とするバロック時代編~』というコンサートが開催されます。ピアニストは智内威雄さんと有馬圭亮さん、左手演奏のみでオールバッハのプログラムを組むという、大変意欲的な取り組みです。この演奏会の中で、私が編曲した曲も演奏されます。
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2年前の冬から、「左手のアーカイブ」内のプロジェクトとして『左手のためのバッハ:小前奏曲集』の編纂(編曲)に取り組んできました。試作を繰り返し、これまでに30曲を超える候補曲が出来上がりましたが、作曲理論や演奏上の方法論など様々な観点から「バッハらしさ」を追求し完成度を高められたものから厳選、6曲ずつを1巻にまとめる方針で製作していきました。昨年6月に第1巻を出版し、第2巻は5月17日のコンサートに合わせて出版・販売開始することになっています。編曲は私のほか、山中哲人氏、作曲家の石坂真帆さん・長谷部瑞季さんとで作成し、演奏の観点からは左手のピアニストである智内威雄さん、有馬圭亮さんから助言を、およびプロジェクトの良き理解者の方々に編集・校訂に協力してもらい、チームとして楽譜を仕上げてきました。
5月17日のコンサートでは、この出版済み第1巻第2巻の小前奏曲と、近い将来予定している第3巻以降の候補曲やオルガン曲の編曲(田中編)が演奏されます。大曲としてはヴィットゲンシュタイン編曲のシャコンヌも演奏されます。
大変楽しみな演奏会です。
左手のためのバッハ:小前奏曲集 第1巻の収録曲》
1. 小前奏曲 ハ長調 BWV924 (編曲:田中博幸)
2. 小前奏曲 ニ短調 BWV926 (編曲:山中哲人)
3. 小前奏曲 へ長調 BWV927 (編曲:山中哲人)
4. 小前奏曲 変ホ長調 BWV815a/1
4-1. 展開1 after BWV815a/1 (展開:石坂真帆)
4-2. 展開2 after BWV815a/1 (展開:長谷部瑞季)
5. 小前奏曲 ハ短調 BWV999 (編曲:田中博幸)
6. 小前奏曲 ト短調 BWV598 (編曲:山中哲人)

変奏曲形式によるカノンの展開 BWV1087

Canon realization in the form of variations on bass-ostinato (from Bach’s 14 Canons on the first 8 fundamental notes of the Aria from Goldberg Variations, BWV 1087), compiled and transcribed for piano left hand only by Hiroyuki Tanaka.
左手のための、変奏曲形式によるカノンの展開(バッハ:ゴルトベルク変奏曲のバス8音に基づく14のカノン BWV1087)編作:田中博幸
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片手用のバッハ編曲、理論先行型でありつつ演奏・鑑賞にも耐えうる作品が書けました。
BWV1087の14のカノンを、4つのカノン構成要素と10の応用カノンとみなして、カノン構成要素2つで主題提示、10のカノン変奏、カノン構成要素2つに回帰するという構成。10のカノン変奏では、すべてバスは繰り返し、繰り返し時に各対位主題の反行形、逆行形、拡大形、縮小形などを使いました。
同一バス上の変奏とするために、反行形では途中から繰り返し後の途中までという形でまとめ、片手演奏用に音形音域を変更したものも忠実に反行させています。上の譜例で、右上の第10変奏などは、前半は1/2縮小形として、後半は等倍・2倍拡大形をそれぞれバス主題(4倍拡大形)に組み合わせています。
カノンは、本来は複数声部の重なりと掛け合いがあってこそ味わえる魅力がありますが、残念ながら片手用編曲としては離れた音域の複数声部を重ねることは難しいです。一方でバッハが用意した対位主題の反行形、逆行形、拡大形、縮小形などを、バス主題上の変奏曲の形で並べることで新しい魅力が引き出せました。

左手のための組曲 ホ短調 BWV996

Suite in e minor, BWV 996, transcribed for the left hand only by Hiroyuki Tanaka. Happy belated J. S. Bach’s birthday.
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プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ブーレ、ジーグ、舞曲全てを左手用に編曲しました。
以前プレリュードの前半を小前奏曲として作っていましたが、後半のフガートもうまく編曲できたため、全曲の編曲に挑戦してみることにしました。
結果、ジーグ以外はかなりうまくいったと思います。ジーグについてはやや弾きづらく、改善の余地があります。
また、全体的に音域が低い方に偏っているため、イ短調にして少し音域を上げても良いかもしれません。

曲目データベースの機能追加(編成での絞り込み)

 少しずつ整理を続けている編曲曲目データベース、登録した編曲の数が1,000曲を超えました。まだまだ整理は終わらないのですが・・・。
 さて、当サイトの曲目データベースは、オリジナル曲観点で編曲の有無・種類を一覧化する「バッハの音楽の曲目データベース」と、編曲曲目観点で一覧化する「バッハの音楽の編曲曲目データベース」があります。ピアノ・ソロ用編曲以外にも2台ピアノ用、連弾用、片手用の編曲の登録も増えてきて、いくつかお問合わせもいただくことがあるため、「バッハの音楽の編曲曲目データベース」については、編曲者名や調性に加え、新たに編成による絞込検索ができるように機能を追加しました。

ターリアピエトラ編のパッサカリア(2台ピアノ)

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今まで何度か取り上げてきた、ターリアピエトラ(Gino Tagliapietra, 1887-1955) 編曲のパッサカリア (昨年秋の記事「ブゾーニ関連の2台ピアノ作品CD/DVD」や、六年前の記事「2台ピアノ編のパッサカリア」)について、ついに出版譜で入手することができました。
Ricordiから1955年に出版されたものです。あらためて、譜例とともに紹介したいと思います。
Bach=Tagliapietra/ Passacaglia in C minor BWV 582 (free transcription for two pianos)
↑冒頭はこのように3オクターブで演奏されます。
Bach=Tagliapietra/ Passacaglia in C minor BWV 582 (free transcription for two pianos)
↑旋律の端々をオクターブ化し、かつオクターブ上・下への移動によって広い音域を使って壮大さを表現するとともに、弾きやすさも確保しています。もし全てオクターブになっていたら弾きづらくかつ鈍重になっていたことでしょう。
Bach=Tagliapietra/ Passacaglia in C minor BWV 582 (free transcription for two pianos)
↑ここに挙げたような書法も随所にみられます。音の追加により和声も増強されています。
Bach=Tagliapietra/ Passacaglia in C minor BWV 582 (free transcription for two pianos)
↑極めつけはフーガの後半、この不協和音のトレモロに、オルガンペダル部もまたトレモロで重ね、その後への盛り上がりを表現しています。
タイトルに「自由な編曲」とある通り、三度や六度の和音増強の他、広い音域を駆使して二人の奏者にうまく割り振っており、ブゾーニ的な重厚なパッサカリアを期待する方にはすぐれた編曲と映ることでしょう。
音源はHMV、Amazonそれぞれ以下で入手可能です。
HMVでの商品リンク
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シーモア・バーンスタイン編曲のバッハ

シーモア・バーンスタイン(Seymour Bernstein, 1927-)編曲の楽譜が2冊届きました。カンタータ第106番からの前奏曲「神の時こそいと良き時」と、カンタータ第147番からのコラール「主よ人の望みの喜びよ」
特に前者については、今年日本でも公開された、シーモア氏についての映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』 (原題: Seymour: An Introduction) の中で演奏されたこともあって、多くの音楽愛好家に注目を浴びた曲でした。
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元はフリスキン編曲のものですが、既に絶版かつ、著作権も出版権も切れていないため、楽譜の入手が極めて難しくなっていました。私のもとにも多くの楽譜捜索のお問い合わせをいただきました。
シーモア氏のもとにも、楽譜はどうやったら入手できるか世界中から問い合わせが来ていたようで、自身の編曲を書くことに決めたとのこと。そしてその本人の解釈・編曲が施された楽譜が、Manduca社から出版されました。
フリスキン編との違いは、多くは詳細な指示(デュナーミク、ペダリング、装飾音)の書き込みと、低音の演奏が合理的になるような修正がいくつか見受けられます。
こうして良曲が入手し易くなることは大変喜ばしいことですし、今後は楽譜捜索の問い合わせへの回答にも明確に応えることができるのも良かったです。

バッハ=ストラダルのナナサコフCD

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バッハのブランデンブルク協奏曲、ストラダルによるピアノソロ編曲版について、ナナサコフによる録音が12月にリリースされます。(Amazonへの商品リンク
およそ6年前に、ストラダル編曲のブランデンブルク協奏曲集の楽譜校訂と解説執筆のお仕事をさせてもらった流れで(関係者は別ですが)、今回は楽譜提供とこのCDのブックレットの解説文を担当させていただきました。
傑作であるブランデンブルク協奏曲全6曲を中心に据えながら、ヴィヴァルディ等先輩の協奏曲を編曲したオルガン協奏曲、自身の旧作を編曲したチェンバロ協奏曲、つまりバッハの音楽人生と協奏曲との関わりを追った名曲群が、全てピアノ・ソロ用の編曲として収録されています。
ミヒャエル・ナナサコフは、Wikipediaにもある通りMIDI打ち込みと自動ピアノを組み合わせて楽曲演奏を行うヴァーチャルピアニストです。カツァリスやアムランにも難し過ぎると言わしめたこれらの編曲、まさにナナサコフの出番です。
音源化してくれたことに感謝です。収録曲は以下の通り。
[Disk 1]
(1) ブランデンブルク協奏曲 第1番 ヘ長調
(2) ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調
(3) ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調
(4) ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調
(5) ブランデンブルク協奏曲 第5番 ニ長調
[Disk 2]
(1) ブランデンブルク協奏曲 第6番 変ロ長調
(2) チェンバロ協奏曲 第1番 ニ短調
(3) チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調
(4) オルガン協奏曲 第2番 イ短調
(5) オルガン協奏曲 第4番 ハ長調
(6) オルガン協奏曲 第5番 ニ短調

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ブゾーニ関連の2台ピアノ作品CD/DVD

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2016年はブゾーニ生誕150年の年であり、そのアニバーサリー企画のCD(DVD)「Early Twentieth Century: in search of roots… Vol.1: Works For 2 Pianos」がリリースされました。
このCD/DVDのメインは、ブゾーニの対位法的幻想曲・2台ピアノ版と、ブゾーニの弟子だったイタリアの作曲家兼ピアニスト、ターリアピエトラ(Gino Tagliapietra, 1887-1955) 編曲のパッサカリアの2台ピアノ編。
六年前に、2台ピアノ編のパッサカリアという記事でこのターリアピエトラ編のパッサカリアについて書きましたが、当時は録音が無かったものが、CD・DVDとして聴けるようになりました。
他の収録曲も他に録音が少ないものであり、録音だけでなく映像としても収録されているため、貴重なリリースです。
<収録曲>
バッハ=ターリアピエトラ: パッサカリア ハ短調 BWV 582
ブゾーニ:対位法的幻想曲
・ブゾーニ:バッハのコラール「幸なるかな」による即興曲
・モーツアルト=ブゾーニ:自動オルガンのための幻想曲
・モーツァルト=ブゾーニ:協奏的小二重奏曲(ピアノ協奏曲第19番のフィナーレによる)
このブゾーニ・アニバーサリー企画のCD/DVDは、限定500枚(通番つき)とのことで、しばらくすると入手困難になることが予想されます。
HMVでの商品リンク

カバレフスキー編曲のトッカータとフーガ「ドリア調」BWV538

カバレフスキー編曲のトッカータとフーガ「ドリア調」BWV538
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2000年頃にNAXOSから出たCD、J.S.バッハの作品のピアノ用編曲に収録されて以来、この編曲の楽譜がどうやったら手に入るかと色々な方から問い合わせを受けました。私もコピーのコピーとしてしか持っておらず、自信を持って回答できずもどかしい思いをしてきました。
その後もhyperionからもロシア音楽家による編曲集有森氏によるカバレフスキー集、などにも取り上げられ、音楽愛好家の中ではバッハのピアノ編曲の傑作の一つとみなされてきた感があります。
そんなこの編曲、ようやく出版譜を入手することができました。輸入楽譜のカマクラムジカさんのメルマガでさらっと取り上げられていたのを見つけ、取り寄せてもらい購入しました。
今回はじめて知りましたが、Chant du Mondeというパリの出版社から、1994年に出版されていたようです。楽譜の注文は、カマクラムジカのブログ記事を確認してください。
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ブランデンブルク協奏曲のピアノ編曲版CD(全曲)

Kolly-Brandenburg-CD
数々のバッハ関連の録音を世に出してきている、カール=アンドレアス・コリー(Karl-Andreas Kolly, 1965-)の新譜紹介です。いよいよ面白くなってきました。
およそ1年半前に管弦楽組曲のピアノ編曲版CD(全曲)を驚きとともに紹介しましたが、今度は何とブランデンブルク協奏曲の全曲。
第6番はヴェデルニコフ編曲と記載がありますが、それ以外はコリー自身の編曲とのこと。早速聴いてみたところ、素晴らしい!硬いピアノの音色で新しい魅力が聴けます。接近した複数声部の弾き分けも見事です。
しかしながら、第6番以外全て「楽譜が存在しないコリー編」とすることに違和感が・・・
まず第3番と第4番は、ストラダル編を下敷きにしていると思われます。原曲の全部の音を拾うことは不可能なのでどこかで取捨選択する必要がありますが、その取捨選択の方法がストラダルと同じなのである程度特定可能です。ストラダル編で絶対弾けないと思われる箇所を、コリーはうまく割愛しながら再構築していました。おそらくストラダル編と記載するにはそのように改変した箇所が多いため、コリー編としたのでしょう。
(あと、現時点でIMSLPにアップされてあるストラダル編曲のブランデンブルク協奏曲は第3番と第4番だけ、ということも関連するかどうか・・・)
一方で第1番、第2番、第5番はストラダル編とは大きく異なりますが、、、第1番はテューリン編が下敷きでしょう。私も演奏したことがあるのでよくわかります、第1楽章はほぼ同じ。後半一部が高音部記号の適用をしていない部分がある程度の違いです。
第2番はBrailsford編がベースと思われます。そして第5番は、Rockzaemon編と声部の取捨選択が同じことに気づきました。もちろんこれらはそのままではなく、コリーなりにこうした方が良いと考えた(と思われる)ところをいくつか改変して演奏しています。
断定はできませんが、これら第1番から第5番まで、すべてIMSLPに以上のピアノ編が掲載されていることは無関係ではなさそうです。ライナーノーツには『コリーは、正式なピアノ譜など作成しておらず、録音の際は、オーケストラスコアを見ながら演奏したと伝えられている』と書いてありますが、それは脚色しすぎではないでしょうか。「既存のピアノ編曲をベースに、コリーなりの解釈と改良を加えて演奏している」ということなのではないかと想像します。もしそうだとすると、IMSLPに掲載されているとはいえパブリックドメインではないBrailsford編Rockzaemon編は、クリエイティブコモンズの規範に従う必要があるのではないかと懸念します。(もしすでに著作権者と合意済みならその限りではありませんが)
唯一編曲者名が明記された、ヴェデルニコフ編曲の第6番は、おそらく譜面として入手したのではないでしょうか。この曲でも接近した複数の声部がその難しさを押し上げていますが、その弾き分け技術は流石です。
Bach=Vedernikov/Brandenburg Concerto No.6 BWV 1051
若干否定的な内容も書いてしまいましたが、バッハの傑作・ブランデンブルク協奏曲全曲をピアノソロで演奏した音源を残したことは快挙であり、その演奏も素晴らしいものでした。その他、フリギア終止の二和音だけが記譜された第3番の2楽章、イギリス組曲第5番のサラバンド前半が使われていて(ライナーノーツにはコリー作曲と書いてありましたが、、、)、ここにこの曲を配置するのもなかなか良いと思いました。
私がストラダル編の楽譜の解説で書いたように、ストラダルが記譜した全ての音を弾くのではなく演奏者による取捨選択によって良い音楽となることを具現化してくれていると言えるでしょう。

(2016/8/10追記)
コリー本人にメールでコンタクトを取り、上記について確認してみました。
要約すると、ベースとなった編曲が存在すること、それが私の推測と同じ編曲であること、コリー自身の判断で多くの改変を加えたこと、などが確認できました。

HMVでの商品リンク
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<収録曲>
ブランデンブルク協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV 1046(テューリン編?)
ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV 1047(Brailsford編?)
ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV 1048(ストラダル編?)
ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調 BWV 1049(ストラダル編?)
ブランデンブルク協奏曲 第5番 二長調 BWV 1050(Rockzaemon編?)
ブランデンブルク協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV 1051(ヴェデルニコフ編曲)
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