露久左庵音楽出版(Rockza Music Edition)から出版された、石田十兄(Isida Kazue Rockzaemon)編曲のブランデンブルク協奏曲第5番を紹介します。
以前からIMSLPで頒布されていたので少し知っていましたが、今春改訂されて印刷譜で入手できるようになったとのことで、真っ先に購入しました。(→商品へのリンク)編曲者自身によるオンデマンド受注印刷のもので、丁寧に対応していただきました。
ブランデンブルク協奏曲のピアノソロ編曲といえば、ストラダル編曲の全集が金字塔ですが、原曲の音を出来る限りたくさん拾おうとしており、音が多く演奏するのが困難な編曲です。それに対し、十兄氏の編曲はピアノでの弾きやすさがよく考えられた編曲と言えるでしょう。冒頭部分の譜例で紹介しましょう。上がストラダル編、下が十兄編です。
(Bach=Stradal/ Brandenburg Concerto No. 5 BWV 1050)
弾きやすさの違いがわかるでしょうか。例えば冒頭のメロディはトレモロ音形に変更され、ピアノでの弾きやすさと共に、ピアノならではの音の鳴らし方ができるようになっています。
また、原曲は種々の楽器での合奏ですから、原曲にある全部の音を拾ってピアノで弾いたらどうしても鈍重または雑然とした音楽になってしまいます(ストラダル編曲はその傾向あり)。
この編曲では、曲中で原曲の音を思い切って省略している部分も数多くあり、その取捨選択も見事です。
(Bach=Rockzaemon/ Brandenburg Concerto No. 5 BWV 1050)
十兄氏は現在、主に二台ピアノ用の編曲やトイピアノ用の楽曲などを創作しているそうです。バッハでは、他には協奏曲ニ短調 BWV1052などをピアノソロ用に編曲しているとのこと。今後また出版されるのを楽しみにしています。
左手のための前奏曲 変ロ長調(BWV866より)
バッハ片手用編曲の18曲目は、平均律クラヴィーア曲集第1巻から第21番、変ロ長調の前奏曲を、左手だけで演奏できるように編曲しました。
広い音域を行き来するエチュード的な趣の曲ができあがりました。原曲をほぼそのままに、あまりにも跳躍が大きくなりすぎる部分などの一部音形を変更しました。
両手での演奏と同等のテンポまで上げるのは相当難しいかもしれませんが、片手演奏の良い練習になると思います。
Inspire To/From J.S.Bach
先月リリースされた黒岩悠氏のCD、「Inspire To/From J.S.Bach」を紹介します。
タイトルが示す通り、バッハが先輩の曲をもとに作曲した曲と、バッハのオリジナル、後の音楽家による編曲を組み合わせたプログラムになっています。
その収録曲が絶妙で、『トッカータとフーガ ニ短調』や『主よ、人の望みの喜びよ』などの超有名曲と、『トッカータ ハ短調』や『カンタータ第106番の前奏曲』など知る人ぞ知る名曲とを組み合わせており、幅広い音楽愛好家が楽しめる内容なのではないでしょうか。
私も例に漏れず、大いに楽しませてもらいました。何と言っても初めて聴く編曲が二つもあったのは、バッハのピアノ編曲コレクターとしても収穫でした(片方は編曲者が明らかになっていませんが)。
その一つ、スタンチッチ編曲のカンタータ 第106番の前奏曲(ソナティナ)。スタンチッチが残した『カンタータによる4つの前奏曲』(Vier Kantaten – Vorspiele, 1922)という曲集の第1曲のようです。この曲は、他の音楽家による編曲の存在を知らなかった頃に自分で編曲したことがあるため、とても愛着のある曲でした。
スタンチッチ(Svetislav Stančić, 1895-1970)はブゾーニの弟子とのこと。もう少し勉強してから、別記事を書きたいと思います。
もう一つは、匿名の音楽家による編曲とされる「バディネリ」。きらびやかな高音や細分化された音形など、軽妙かつ工夫の凝らされた編曲です。
編曲以外では、決然とした演奏であるトッカータ ハ短調 BWV 911も良演。ラインケンの音楽の園にもとづくソナタ BWV 965 は、ピアノでの録音は珍しい方ですが、なかなか陽の当たらないこのような佳曲に命を吹き込んでくれるのはとてもありがたいです。
全体としてとても素晴らしい選曲・録音なのですが、惜しむらくは、CD全体の収録時間数が若干短いこと。もう少し多くの曲を聴いてみたかったものです。
<収録曲>
・トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565(ブゾーニ編曲)
・トッカータ ハ短調 BWV 911
・ラインケン『音楽の園 第1番』によるソナタ イ短調 BWV 965
・カンタータ 第106番『神の時こそいと良き時』より 前奏曲(スタンチッチ編曲)
・管弦楽組曲 第2番 BWV 1067より「バディネリ」(匿名音楽家編曲)
・カンタータ 第147番より『主よ、人の望みの喜びよ』(ヘス編曲)
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バッハ・オルガン作品のピアノ編曲集(ロシア版)
ロシアで出版されているバッハ・オルガン作品のピアノ編曲集を紹介します。Ruslania というロシアの書籍を扱うフィンランドのオンラインショップで入手できます。ブゾーニ以外はロシアの音楽家による編曲が収録されており、ほとんどがコラール前奏曲のピアノ編曲ですが、ブゾーニと同様にピアノの響きをよく考慮にいれた改変が多く、「とても良いピアノ編曲」が集まっていると思います。
中でもゲディケ(Alexander Goedicke, 1877-1957)の「6つのコラール前奏曲集」は、自身がピアニストでありながらオルガニストでもあり、オルガンとピアノの両方を熟知した上での編曲ということで興味深い存在です。なおゲディケは、コラール前奏曲集以外にも、いくつかの「オルガン前奏曲とフーガ」の編曲も残しており、その見事な編曲はCD「Bach Piano Transcriptions – 5」として聴くことができます。
また、シロティ(ジロティ)編曲のコラールパルティータ BWV 770は、カール・フィッシャーから出ている「The Alexander Siloti Collection」にも含まれていなかった曲です。パルティータの中でテーマ(変奏1)、変奏3、変奏5、変奏7の抜粋であるものの、ピアノで演奏して自然な音楽となるように編曲されています。
その他、フェインベルグ編曲が素晴らしいのは今までに何度も書いてきたことですが、その中でなぜBWV 647の1曲だけがこの曲集で採用されたかは謎です。ネメロフスキー編曲のトッカータとフーガ ニ短調 ニ短調 BWV 565は、それほど特筆すべき特徴は見いだせませんでした。
全体として、私にとっては出版譜として初めて入手できた編曲が多かったので、非常に満足した一冊でした。
<収録曲(目次順ではありません)>
ゲディケ編
・コラール前奏曲 人皆死すべきもの BWV 643 ト長調
・コラール前奏曲 わが心の切なる願い ロ短調 BWV 727
・コラール前奏曲 古き年は過ぎ去り イ短調 BWV 614
・コラール前奏曲 我が魂は主をあがめ ニ短調 BWV 648
・コラール前奏曲 我らの救い主、イエス・キリスト イ短調 BWV 626
・コラール前奏曲 主なるイエス・キリストよ、我ら汝に感謝す ト長調 BWV 623
フェインベルグ編
・コラール前奏曲 尊き御神の統べしらすままにまつろい ハ短調 BWV 647
シロティ編
・コラールパルティータ ああ罪人なる我、何をなすべきか ホ短調 BWV 770
ブゾーニ編
・コラール前奏曲 目覚めよ、と我らに呼ばわる物見らの声 変ホ長調 BWV 645
・コラール前奏曲 いざ来れ、異教徒の救い主よ ト短調 BWV 659
ネメロフスキー編
・トッカータとフーガ ニ短調 ニ短調 BWV 565
フィオレンティーノ編曲のバッハ
イタリアのピアニスト、セルジオ・フィオレンティーノ(Sergio Fiorentino, 1927-1998)のバッハピアノ編曲を紹介します。私は2000年前後にまとまってAPRからリリースされたフィオレンティーノの録音の数々を聴いてすっかり虜になりました。スクリャービンやリストも素晴らしいのですが、バッハも、バッハのピアノ編曲もまた素晴らしいのです。その中で、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ト短調 BWV1001全曲の編曲と、「主よ、人の望みの喜びよ」の編曲が、楽譜集『Sergio Fiorentin: Transcrizioni da concerto per pianoforte』(出版社:Editzioni Curci)に収録されました。無伴奏ヴァイオリン・ソナタ BWV1001全曲の編曲は大変な力作で、ピアノで演奏するために多くの旋律や和音を加えながらも、オリジナルの端正な佇まいを良く伝えてくれます。下の写真は第1楽章・アダージョ、第2楽章・フーガの冒頭です。
バッハのほかにも、ブラームスの『愛の歌』の数々や、フォーレの『夢のあとに』など美しい編曲が60ページ以上にわたり収録されています。カマクラムジカやディアレッツォなどで注文可能です。
これらの編曲が収録されたCD、今でも全く手に入らないほど入手困難ではないので紹介します。ヴァイオリン・ソナタの編曲はこちらのCDに、『主よ、人の望みの喜びよ』はこちらのCDに収録されています。もちろん10CDのコレクション版にも含まれています。
<楽譜の収録曲>
・バッハ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ト短調 BWV 1001
・バッハ/コラール「主よ、人の望みの喜びよ」 BWV 147
・パガニーニ/カプリース ホ長調 Op.1-9
・シューマン/献呈 Op.25-1
・シューマン/蓮の歌 Op.25-7
・ブラームス/愛の歌 より Op.25-1, 2, 3, 6
・チャイコフスキー/ワルツ 変イ長調 Op.40-8
・フォーレ/夢のあとに
・マーラー/恋人の婚礼のとき
look inside | Trascrizioni da concerto Composed by Sergio Fiorentino, Riccardo Risaliti. Published by Edizioni Curci (CU.EC11724). |
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IMSLPへの一部作品の公開
IMSLPに、作曲家・編曲家としての自分のページを作成し、編曲作品の一部を公開しました。一度創作した作品を時間を置いてから何度か見直し・改訂して、満足行く出来になったと自分で思えた作品からアップロードしていくことにします。
今のところ以下5曲(リンクは過去に作成した時点の記事)を公開しました。
- 左手のためのオルガン前奏曲(BWV535より)
- 右手のためのアリオーソ(BWV 992 より)
- 左手のためのプレリュード ロ短調(BWV855a, Siloti編に基づく)
- 右手のためのクリスマス・コラール(クリスマス・オラトリオ BWV248 より)
- 左手のためのアダージョ(マルチェッロによる協奏曲 ニ短調 BWV974 より)
黒田編:左手のためのサラバンド(BWV 1012 より)
去る 2013/9/16、ワンハンド・ピアノフェスタ!に参加してきました。片手のためのピアノ音楽を扱ったピアノの集まりで、発表会、公開レッスン、懇親会などが行われました。
私は編曲家として主催者側の立場でもあったのですが、台風がちょうど日本を縦断するという生憎の悪天候、無事に開催できるかどうか前日からずっと気を揉んでいました。残念ながら交通機関の問題で参加できなかった方もいらしたのですが、駆けつけてくださった方々とは新しい出会いもあり、大変刺激的な一日を過ごすことが出来ました。
今回は新しい出会いの一つ、黒田貴史さんとその編曲作品の紹介をします。
ピアノとギターを嗜む黒田さんは、今年右手を怪我されたことをきっかけに左手のためのピアノ曲に出会ったそうです。左手曲とギター曲の共通点を見出し、四月にご自身で左手用に編曲した、バッハのサラバンド(無伴奏チェロ組曲第6番より)を演奏されました。さらにこの曲を題材に、左手のピアニストによる公開レッスンにも臨まれました。心を打つ素晴らしい編曲であり、手書きの譜面だったため、お願いをし私の方で浄書させてもらいました。以下はその冒頭部分です。
無伴奏チェロ組曲の楽譜は、オリジナルのままでも多くの部分が左手だけで演奏できますが、左手だけで演奏しやすいように音価をばらしたり、響きを補うための音の追加が適度に施されています。なお演奏にあたり、音域の広い和音は分散させて弾くことになりますが、最高音などはあわてずにゆったりと弾くことでよりよく響くと、左手のピアニストからアドバイスがありました。
ご本人からも公開の許可をいただいてますので、弾いてみたい方がいらっしゃればご連絡ください。
コルトー編のバッハピアノ編曲が収録されたCD
アルフレッド・コルトー、言わずと知れた大ピアニストですがバッハの曲も幾つか編曲しています。最も有名なのは、協奏曲 BWV1056の第2楽章を「アリオーソ」として編曲したもの。これは多くの録音があります。また、有名なトッカータとフーガ ニ短調 BWV 565も編曲しており、これもいくつか録音が残っています。それ以外にはオルガン協奏曲 ニ短調 BWV 596があり、コルトー本人の録音が残されていますが、今のところ楽譜の存在が確認できていません。
さらに、協奏曲 BWV 1052と協奏曲 BWV1056の二台ピアノ用の編曲(リダクション)も残しています(確認できていないだけで、他にもあるかもしれません)。
さて、今回は最近リリースされたものも含め、コルトー編曲のバッハが収録されたCDを紹介します。
まずは中国のピアニスト、ユエ・へ の演奏で『アルフレッド・コルトーによるピアノ独奏編曲集』。バッハのアリオーソとトッカータとフーガの他、フォーレ、フランク、シューベルト、ショパンなどの名曲の編曲が含まれています。コルトーのピアノソロ用編曲だけを並べたCDというのは今まで他に無く、極めて意欲的な取り組みといえるでしょう。
次に、去年ハイペリオンから出たスティーブン・ハフの 『Stephen Hough’s French Album』 。こちらもアリオーソとトッカータとフーガですが、トッカータとフーガはさらにハフが華やかにアレンジしています。
最後にもう一つ、コルトー本人の演奏によるブランデンブルク協奏曲集のCD。ブランデンブルク協奏曲はコルトー指揮(第5番は弾き振り)でオケ付きですが、余白にピアノソロ編曲であるアリオーソとオルガン協奏曲 ニ短調 BWV 596が収録されています。これは必聴です。
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A Bach Book for Harriet Cohen
1932年に、Oxford University Pressから出版された「A Bach Book for Harriet Cohen」というバッハ編曲集が、この春に再版されました。3年前に hyperion からもhyperionバッハ編曲集 第9弾として音源がリリースされましたし、これで容易に楽譜と音源にアクセスできるようになったということになります。
この曲集には以下の12名の英国音楽家による12編曲が収録されています。どれも比較的取り組みやすい、穏やかで美しい小品ばかりであり、バッハのピアノ編曲の入門にも良いでしょう。
私の独断で数曲ピックアップするならば、美しい叙情的な編曲は、ハウエルズの「おお人よ、汝の大いなる罪に泣け」、グーセンスの「アンダンテ(ブランデンブルク協奏曲第2番)」が挙げられます。演奏会向けの華やかな編曲は、バーナーズの「甘き喜びのうちに」や、バックスの「幻想曲」などが挙げられるでしょう。
<収録曲>
※初版と収録順が異なりますが、再版では以下の順番に収録されています。
ARTHUR BLISS (1891-1975)
– Chorale Prelude ‘Das alte Jahr vergangen ist’ BWV614
GRANVILLE BANTOCK (1868-1946)
– Chorale Prelude ‘Wachet auf, ruft uns die Stimme’ BWV140
ARNOLD BAX (1883-1953)
– Fantasia, BWV572
FRANK BRIDGE (1879-1941)
– Aria ‘Komm, süsser Tod’ BWV478
JOHN IRELAND (1879-1962)
– Chorale Prelude ‘Meine Seele erhebt den Herren’ BWV648
LORD BERNERS (1883-1950)
– In dulci jubilo, BWV729
HERBERT HOWELLS (1892-1983)
– Chorale Prelude ‘O Mensch, bewein dein Sünde groß’ BWV622
CONSTANT LAMBERT (1905-1951)
– Chorale Prelude ‘Der Tag, der ist so freudenreich’ BWV605
EUGENE GOOSSENS (1893-1962)
– Brandenburg Concerto No. 2 in F major, BWV1047: II. Andante
RALPH VAUGHAN WILLIAMS (1872-1958)
– Chorale Prelude ‘Ach, bleib bei uns, Herr Jesu Christ’ BWV649
WILLIAM GILLIES WHITTAKER (1876-1944)
– Chorale Prelude ‘Wir glauben all’ in einem Gott, Vater’ BWV740
WILLIAM WALTON (1902-1983)
– Chorale Prelude ‘Herzlich tut mich verlangen’ BWV727
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左手のためのオルガン前奏曲(BWV535より)
バッハ片手用編曲の17曲目は、オルガン曲の前奏曲とフーガ ト短調 BWV 535 より 前奏曲 を、左手だけで演奏できるように編曲しました。以前編曲した左手のためのトッカータとフーガ ニ短調 BWV 565と同様に演奏効果を意識した、演奏会向け編曲です。こちらの方がやや弾きやすく編曲できたと思います。まずは冒頭部です。Gの保続音はソステヌートペダルを使う指示をしています。
レシタティーヴォの部分と半音階で分散和音が下降する部分は、片手だと演奏が難しいですが、弾けないことはなく左手のための良い練習になるのではないでしょうか。そして終結部は、片手であっても重厚な響きを再現することができました。
近い将来、どこかの演奏会で実際に演奏してみたいと考えてます。