『音楽の玉手箱~露西亜秘曲集~』より

最近入手した有森博 氏のCD、「音楽の玉手箱~露西亜秘曲集~ 」がとても良く、また面白かったので紹介したいと思います。CDの内容はロシアの知られざる佳曲を選りすぐって収録しているもので、聴いたことのある曲から初めて聴く曲まで、民族色の強い曲などもあり大変楽しめます。曲目はAmazonのリンクをご参照ください。
これらの収録曲の中にバッハのピアノ編曲、G線上のアリアが収録されており、それがまた秀逸。ニコライ・ヴィゴードスキー(Nikolai Wigodsky, 1900-1939)による編曲で、楽譜は見たことがあったものの今までほとんど情報がありませんでした。これがプロの演奏で聴けるとは思ってもいませんでした。楽譜は3段(高音・中音・低音部)になっていますが、ちょうど二本の手で弾けるように編曲されており、かつ声部が見やすくなっています。以下の楽譜はその冒頭部分です。
Bach=Wigodsky/ Air from Orchestral Suite No.3 BWV 1068
興味深いのは、前半・後半ともに繰り返し部分でメロディーラインが中音部に現れるのです。
A – A’ – B – B’ と表記すると、A’とB’のメロディーを中音部で演奏しており、この部分の響きがとても新鮮で、ありがちな編曲と一線を画しています。(さらなるアレンジとして、A – A’ – B’ – B と演奏するのも良いかなと思いました)
Bach=Wigodsky/ Air from Orchestral Suite No.3 BWV 1068
ライナーノーツにもチェロによる響きをイメージさせると書いてありましたが、確かにその通りで、例えばカザルスやヨーヨーマがチェロで弾いた演奏がありますが、それと似た感じになります。そして何より、この有森氏の演奏が素晴らしいです。譜例を出して言葉で説明するのは易しいですが、これを確かに演奏するためには繊細なコントロールが必要でしょう。静かに聴き入ってしまう名演です。
何にせよ、このCDには大変楽しませてもらいました。
—-(ご参考)Amazonでの入手方法—-

新発見の曲を、早速ピアノで

バッハの初期オルガン作品が発見されたとのことで、早速この曲をピアノで弾いてみることにしました。昔、ブゾーニは「オルガンの3段譜を見ても、頭の中で編曲し即座にピアノで弾けるようになれ」と言っていたようですが・・・とりあえずピアノ2段譜に編曲(音に手は加えてませんが)してみました。オリジナルなオルガン譜は誰かが作っていると思いますが、さすがにまだピアノ編曲は誰もしてないのでは?!
コラール・ファンタジー「主なる神、我らの側にいまさずして」 BWV 1128
Bach=Tanaka/ Piano Arrangement of Chorale Fantasia BWV 1128
まだ10小節くらいまでしかできてませんが、何とかピアノでも弾けそうです。MIDIファイルmidiにもしてみました。まだこの曲の全体は手に入ってませんが、ぜひピアノで弾いてみたいです(オルガンないので・・・)。

新たな初期オルガン作品の写本発見(!?)

このようなニュースが飛び込んできて、大変驚いております。
バッハ初期のオルガン楽譜見つかる」(AFPBB News)
どのような曲なのか、早く聴いてみたいです。そしてピアノでも弾いてみたいです。
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追加情報です。目録番号が付けられ、曲名はこうなるようです。
コラール・ファンタジー「主なる神、我らの側にいまさずして」 BWV 1128
そしてハレ大学のホームページで楽譜の一部が公開されています。

アムランの弾く「バッハによる幻想曲」

今回はブゾーニの名作「バッハの主題による幻想曲」と、それが収録されたCDの紹介です。原題 “Fantasia nach J. S. Bach” と題されたこの曲は、1909年、彼の父の死に際して3日間で書かれた曲で、静かで瞑想的な土台の上に、力強くバッハのコラールが歌われます。この曲は、編曲というよりも「バッハの音楽をモチーフに作曲されたピアノ曲」という分類になると思います。引用しているのは以下のバッハのオルガンコラールです。
・コラールパルティータ 「キリストよ、汝真昼の光」 BWV 766
・コラール「神の子は来たりたまえり」 BWV 703
・コラール「全能の神を讃えん」 BWV 602

ブゾーニのゆるやかに流れるような瞑想的なファンタジアで始まり、へ短調で物憂げなコラールのテーマによるコラールパルティータ 「キリストよ、汝真昼の光」 BWV 766 が現れます。いくつかの変奏が盛り込まれ、途中でヘ長調のコラール「神の子は来たりたまえり」BWV 703 や、コラール「全能の神を讃えん」 BWV 602が導入されると曲は輝かしく喜びに満ちた音楽に変わっていきますが、その後もヘ短調のコラール変奏は何度も再現され、終結部に向かって静かに安らかな眠りへと誘う、そんな音楽です。
さてこの曲の素晴らしさを最もよく伝えてくれている演奏として、アムランのCD「The Composer Pianists」を挙げたいと思います。ブゾーニの比較的有名な曲だけに、録音も多く残されていますが、私はこのアムランの演奏を凌ぐものをは未だ無いと思ってます(下で挙げるペトリを除いて)。
なお、この曲の初演を果たしたブゾーニの高弟、ペトリの録音「Busoni: Complete Recordings 」も大変素晴らしいです。クリアなサウンドで聴けたら文句なしなのですが。
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Hamelinの演奏
Petriの演奏

—-(ご参考)楽譜—-

Fantasia nach J. S. BachFantasia nach J. S. Bach Fantasia nach J. S. Bach by Ferruccio Busoni (1866-1924). For piano. Paperback. Edition Breitkopf. 16 pages. Published by Breitkopf and Haertel (BR.EB-3054)
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カンツォーナ ニ短調 BWV 588

カンツォーナ ニ短調 BWV 588
Canzona d-moll, BWV 588

ストラーダルが手稿譜として残した編曲の中に、この曲が含まれていました。
原曲はバッハの初期のオルガン曲(とされている)で、厳かな雰囲気を持つ対位法的な楽曲です。実は今まで、初期の作品だと勝手に侮っていたのかもしれませんが、この原曲はチェックしておらず知りませんでした。こんな良い曲があったとは。今回ストラーダル編曲の手稿譜を浄書することで、強くこの曲の魅力に惹かれました。まだまだこういう発見がきっとたくさんあると思うだけで、ますますバッハの音楽の研究熱があがるというものです。
曲は大きく2つの部分からなり、どちらも4声のフーガになっています。以下の譜例はそれぞれのテーマですが、テーマに関連があるのは明らかです。第1部は緩やかに展開されるのに対して、第2部は動きが感じられます。
第1部
Bach/ Canzona d-moll BWV 588 - 1st part
第2部
Bach/ Canzona d-moll BWV 588 - 2nd part
ニ短調という調性もあり、曲の雰囲気は最晩年の作品、「フーガの技法」に通ずるものがあると思います。そして対旋律としての半音階との調和が見事です。
さて、これをピアノで弾くとどうなるか。旋律・対旋律ともにピアノの音色で聴くとよりくっきりと聞こえ曲の輪郭が見えてくるので、これがまたとても魅力的です。ストラーダル編の手稿譜を浄書した副産物としてMIDIファイルができましたので、譜例と共に掲載します。機械の演奏ですが音として聞くことでイメージが伝わるかと思います。
第1部midi
Bach/ Canzona d-moll BWV 588 - 1st part
第2部midi
Bach/ Canzona d-moll BWV 588 - 2nd part

ストラダルが残した手稿譜

ストラダルは、以前取り上げた通り膨大な数のピアノ編曲を残しています。彼の作品リストは文献として残っていますが、その中で出版されずに手稿譜として残されている作品も多くあり、バッハの編曲は20種類を超えます。これらが手稿譜のまま忘れ去られてしまう(現に作成から100年近く経っています)のは大変残念なことです。そこで私は、これらを浄書して後世に残していきたい(大袈裟ですが)と考え、現時点で既に4曲浄書しました。追って紹介していきたいと思います。
さてストラダルの残したピアノ編曲は、とにかく2本の手で可能な限りたくさんの音を拾おうとしており、重厚な音楽となっています。2オクターブ以上にわたる常識はずれな和音や跳躍が平気で出てくるため、楽譜通りにインテンポで演奏するのは不可能なのではないかと思わされます。他の音楽家の編曲作品と比べても、ストラダルの編曲結果は決して傑作と呼べるものではないと思いますが、ストラダルの魅力は、他の音楽家がピアノソロに編曲しようとは思いもしない曲の編曲をたくさん残してくれたことで、強引ですが少なくとも2段譜に収まったピアノ譜として音楽を眺めることができるのです。また、原曲の声部ごとの動きがわかるような記譜になっており、原曲をイメージしやすい編曲とも言えます。
そんなストラダル編の手稿譜を浄書することは、ストラダルの編曲結果をなぞるというよりも、バッハの原曲、その作曲技法を堪能できる(勉強できる)と思います。おかげで私にとって、ストラダル編の浄書はピアノを弾くのと同じくらい楽しい作業になりました。副次的な効果として、楽譜製作ソフト・Finaleの使い方もだいぶわかってきて、入力スキル・スピードも向上しました。
バッハが先輩音楽家の楽譜を写譜することで作曲を学んでいったように、この浄書が私の編曲スキル向上に役立つともっといいなと思いつつ、気長に浄書は続けていこうと思います。

    【ストラダルが手稿譜として残したバッハ編曲作品リスト】

  • カンタータ 第12番 「泣き、嘆き、憂い、おののき」 BWV 12
  • カンタータ 第78番 「イエスよ、汝はわが魂を」 BWV 78
  • マタイ受難曲 BWV 244 より 合唱「われらは涙してひざまずき」
  • ヨハネ受難曲 BWV 245 より 合唱「安らかにお眠りください、聖なる亡骸よ」
  • 7つのオルガン曲
    1. カンツォーナ ニ短調 BWV 588
    2. 前奏曲 イ短調 BWV 569
    3. フーガ ト短調「小フーガ」 BWV 578
    4. フーガ ロ短調「コレッリの主題による」 BWV 579
    5. フーガ ハ短調 BWV 575
    6. トリオ ニ短調 BWV 583
    7. 幻想曲 ハ短調 BWV 562
  • パストラーレ ヘ長調 BWV 590
  • コラールパルティータ 「キリストよ、汝真昼の光」 BWV 766
  • コラールパルティータ 「おお神よ、汝義なる神よ」 BWV 767
  • コラールパルティータ 「喜び迎えん、慈しみ深きイエスよ」 BWV 768
  • トッカータ 嬰ヘ短調 BWV 910
  • トッカータ ハ短調 BWV 911
  • トッカータ ホ短調 BWV 914
  • 前奏曲 変ホ長調(第1版) ~ 無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV 1010 より
  • 前奏曲 変ホ長調(第2版) ~ 無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV 1010 より
  • 管弦楽組曲 第1番 ハ長調 BWV 1066
  • 管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV 1067
  • 管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV 1068
  • モテット「われは憂い多く」による序奏とフーガ(リストによるオルガン編曲による)
    (カンタータ 第21番より)

カンタータ第182番より第1曲「ソナタ」

カンタータ 第182番 「天の王よ、汝を迎えまつらん」 BWV 182 より 第1曲「ソナタ」
‘Sonata’ from Cantata No.182 “Himmelskönig, sei willkommen” BWV 182

私が完成させた4曲目の編曲作品です。2007年の秋ごろに思い立って作り始め、少し時間に余裕ができた今年の3月に完成させました。前作のカンタータ第106番のソナティナに続き、この原曲もリコーダーが活躍するほのぼのとした曲で、器楽のみの編成の楽曲です。このゆったりとした付点リズムには、イエスがロバに乗ってエルサレムに入城する歩みという情景描写があるようです。
さて、下の楽譜は私の編曲の冒頭部分です。バスのピッチカートは、ほとんどが10度のアルペッジョとして編曲しました。そこそこ手を大きく広げられる人でないと演奏難易度が増すかもしれません。また付点リズムの歩みは主に右手で演奏しますが、その中に聞こえてくる和声を少し付け足しています。ヴァイオリンとリコーダーの二つの旋律が絡み合う部分は、中音部を左右の手で分担します。アルペッジョの最高音が中音部のメロディーの一部を形成するので、メロディーラインを意識しやすいと思います。
Bach=Tanaka/ Sonata from Cantata No.182 BWV 182
(Bach=Tanaka/ Sonata from Cantata No.182 BWV 182)
以下は曲の後半~結尾部です。今回もピアノの高音部を使いました。私はリコーダーの高い音を聞くとピアノの高音部オクターブを連想するのです。結尾部は音こそ多いものの、フォルテにはせずに静かに、豊かな響きをイメージしました。
Bach=Tanaka/ Sonata from Cantata No.182 BWV 182

—-2016年6月30日追記—-
楽譜をSheet Music Plusで運営しているArrangeMeで、PDFで販売してもらうことになりました。(上記楽譜に若干の手直しを加えています)
‘Sonata’ from Cantata No.182 “Himmelskönig, sei willkommen” BWV 182