今回は、ワイセンベルグのバッハ編曲集CD「バッハ:主よ、人の望みの喜びよ(ピアノ曲集)」の紹介です。ソースは1970年代の録音で仏EMIから発売されたレコードに収録されていたもので、当時LP収録曲に加え1曲、半音階的幻想曲とフーガが追加されています。
収録曲はブゾーニ編曲のシャコンヌやトッカータとフーガ ニ短調、リスト編曲の前奏曲とフーガ イ短調、「主よ、人の望みの喜びよ」などの有名な編曲が中心ですが、めずらしい編曲としてはルストナー(Lüstner)によるシチリアーノの編曲が収録されています。LPの収録曲には「ルストナー編曲」と明記されていましたが、CD上は記載がありませんでした。かろうじて曲目解説の文中に一言載っていただけです。ただ、このルストナーによる編曲作品の録音が珍しいというだけで、音楽的にはその他の有名な編曲(たとえばケンプ編やシロティ編)と大差はありません。
収録曲全体として、完成されたテクニックを持つ超一流ピアニストによる演奏ですので、安心して聞くことができます。ピアノらしい硬質なバッハがここにあります。「主よ、人の望みの喜びよ」は、曲全体を通してクレッシェンドしていくような解釈を見せ、聞き慣れたヘス編も一風変わって聞こえてきます。コラール前奏曲「来たれ,異教徒の救い主よ」やトッカータとフーガ ニ短調では、ワイセンベルグの持つ技巧あっての決然としたピアノ音楽が繰り広げられます。
シャコンヌと前奏曲とフーガ イ短調が規模・内容ともにこのCDのメインといえる録音ですが、他のピアニストによる録音とは一味違った、ドラマを感じさせる演奏です。一言で言ってしまうとロマン派的解釈ですが、編曲者の意図するところに非常に近いのではないでしょうか。シャコンヌはゆったり始まりますが、変奏が進むにしたがって音量・速度ともに盛り上がっていきます。長調の中間部前の山場では物凄い速さに達しますが、演奏者は何食わぬ顔で弾き進めて行き、聞き手はその魅力にどんどん吸い込まれていきます。リスト編の前奏曲とフーガ イ短調も同様に、盛り上がるところではここぞとばかりに重い重低音を響かせたり、高音を煌びやかに鳴らしています。
バッハのピアノ編曲の録音としては、シャコンヌのような有名曲ならまだしも、一流はあっても超一流ピアニストによる録音は少ないのが実情です。収録曲としてもバッハのピアノ編曲の中でメジャー曲をカバーしており、メジャーレーベルから発売されているバッハのピアノ編曲集CDとして、価値のある一枚だと思います。またバッハの音楽として聞くと大げさな表現と感じる方はいるかと思いますが、ピアノ好きにとっては聴いているとワクワクさせられる演奏であるのは間違いありません。
収録曲は以下のとおりです。
1. カンタータ第147番BWV147~コラール「主よ,人の望みの喜びよ」 (ヘス)
2. コラール前奏曲「来たれ,異教徒の救い主よ」BWV659 (ブゾーニ)
3. コラール前奏曲「いまぞ喜べ,愛するキリストの信者たちよ」BWV734 (ブゾーニ)
4. フルート・ソナタ第2番BWV1031~シチリアーノ (ルストナー)
5. プレリュードとフーガ イ短調BWV543 (リスト)
6. コラール前奏曲「我,汝を呼ぶ,主イエス・キリストよ」BWV639 (ブゾーニ)
7. 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004~シャコンヌ (ブゾーニ)
8. トッカータとフーガ ニ短調BWV565 (ブゾーニ)
9. プレリュード ロ短調BWV855a (シロティ)
10. 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903