数々のバッハ関連の録音を世に出してきている、カール=アンドレアス・コリー(Karl-Andreas Kolly, 1965-)の新譜紹介です。いよいよ面白くなってきました。
およそ1年半前に管弦楽組曲のピアノ編曲版CD(全曲)を驚きとともに紹介しましたが、今度は何とブランデンブルク協奏曲の全曲。
第6番はヴェデルニコフ編曲と記載がありますが、それ以外はコリー自身の編曲とのこと。早速聴いてみたところ、素晴らしい!硬いピアノの音色で新しい魅力が聴けます。接近した複数声部の弾き分けも見事です。
しかしながら、第6番以外全て「楽譜が存在しないコリー編」とすることに違和感が・・・
まず第3番と第4番は、ストラダル編を下敷きにしていると思われます。原曲の全部の音を拾うことは不可能なのでどこかで取捨選択する必要がありますが、その取捨選択の方法がストラダルと同じなのである程度特定可能です。ストラダル編で絶対弾けないと思われる箇所を、コリーはうまく割愛しながら再構築していました。おそらくストラダル編と記載するにはそのように改変した箇所が多いため、コリー編としたのでしょう。
(あと、現時点でIMSLPにアップされてあるストラダル編曲のブランデンブルク協奏曲は第3番と第4番だけ、ということも関連するかどうか・・・)
一方で第1番、第2番、第5番はストラダル編とは大きく異なりますが、、、第1番はテューリン編が下敷きでしょう。私も演奏したことがあるのでよくわかります、第1楽章はほぼ同じ。後半一部が高音部記号の適用をしていない部分がある程度の違いです。
第2番はBrailsford編がベースと思われます。そして第5番は、Rockzaemon編と声部の取捨選択が同じことに気づきました。もちろんこれらはそのままではなく、コリーなりにこうした方が良いと考えた(と思われる)ところをいくつか改変して演奏しています。
断定はできませんが、これら第1番から第5番まで、すべてIMSLPに以上のピアノ編が掲載されていることは無関係ではなさそうです。ライナーノーツには『コリーは、正式なピアノ譜など作成しておらず、録音の際は、オーケストラスコアを見ながら演奏したと伝えられている』と書いてありますが、それは脚色しすぎではないでしょうか。「既存のピアノ編曲をベースに、コリーなりの解釈と改良を加えて演奏している」ということなのではないかと想像します。もしそうだとすると、IMSLPに掲載されているとはいえパブリックドメインではないBrailsford編とRockzaemon編は、クリエイティブコモンズの規範に従う必要があるのではないかと懸念します。(もしすでに著作権者と合意済みならその限りではありませんが)
唯一編曲者名が明記された、ヴェデルニコフ編曲の第6番は、おそらく譜面として入手したのではないでしょうか。この曲でも接近した複数の声部がその難しさを押し上げていますが、その弾き分け技術は流石です。
若干否定的な内容も書いてしまいましたが、バッハの傑作・ブランデンブルク協奏曲全曲をピアノソロで演奏した音源を残したことは快挙であり、その演奏も素晴らしいものでした。その他、フリギア終止の二和音だけが記譜された第3番の2楽章、イギリス組曲第5番のサラバンド前半が使われていて(ライナーノーツにはコリー作曲と書いてありましたが、、、)、ここにこの曲を配置するのもなかなか良いと思いました。
私がストラダル編の楽譜の解説で書いたように、ストラダルが記譜した全ての音を弾くのではなく演奏者による取捨選択によって良い音楽となることを具現化してくれていると言えるでしょう。
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(2016/8/10追記)
コリー本人にメールでコンタクトを取り、上記について確認してみました。
要約すると、ベースとなった編曲が存在すること、それが私の推測と同じ編曲であること、コリー自身の判断で多くの改変を加えたこと、などが確認できました。
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<収録曲>
・ブランデンブルク協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV 1046(テューリン編?)
・ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV 1047(Brailsford編?)
・ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV 1048(ストラダル編?)
・ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調 BWV 1049(ストラダル編?)
・ブランデンブルク協奏曲 第5番 二長調 BWV 1050(Rockzaemon編?)
・ブランデンブルク協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV 1051(ヴェデルニコフ編曲)
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‘Sonata’ from Cantata No.182 for piano solo
前回更新に引き続き、昔の作品、カンタータ 第182番 「天の王よ、汝を迎えまつらん」 BWV 182 より 第1曲「ソナタ」 を、見直して細かい手直しを加え、楽譜をSheet Music Plusで運営しているSMP Pressにて、PDFで販売することにしました。
‘Sonata’ from Cantata No.182 “Himmelskönig, sei willkommen” BWV 182
look inside |
Sonata from Cantata No.182, for piano solo Composed by Johann Sebastian Bach (1685-1750). Arranged by Hiroyuki Tanaka. For Piano Solo. Baroque Period. Advanced Intermediate. Piano Reduction,Solo Part. 3 pages. Published by Hiroyuki Tanaka (S0.130151). |
平均律第1巻からの2つの左手編曲(変ホ短調、ロ短調)
昨年末より、集中的にバッハのピアノ曲を片手用に編曲する取り組みを進めています。詳細は後にあらためて書きますが、小規模な曲を中心に編曲しており、その中で3月に完成させたやや規模が大きい2つの作品について今回は書きたいと思います。2つとも平均律クラヴィーア曲集 第1巻から、フーガを除く前奏曲です。
1つ目は第8番の変ホ短調で、編曲にあたってはニ短調に移調し、メロディーラインはオクターブ下げています。諸事情によりニ短調に移調しましたが、変ホ短調の版も作ってあります。
J. S. Bach/ Prelude D minor(original is E flat minor) from WTC Book I, arranged for left hand only by Hiroyuki Tanaka.
2つ目は、第24番のロ短調です。こちらは、原曲のバスを割愛し、上二声をオクターブ下げてデュエットの形にしました。部分的にバスを補っていますが、基本は上二声だけで崇高な音楽が成立します。
J. S. Bach/ Prelude B minor from WTC Book I, arranged as a duet for left hand only by Hiroyuki Tanaka.
両曲ともに平均律第1巻の中では大変人気の高い曲であり、このような編曲は非難されることを覚悟した上で。
カバレフスキー編曲のバッハと有森氏のCD
ピアニスト・有森博 氏がリリースしてきた一連のCDで、カバレフスキー(Dimtri Kabalevsky,1904~1987)編曲のバッハがすべて揃いました。
写真は氏のCDと、カバレフスキー編曲の楽譜で、オルガン前奏曲とフーガ ハ短調と、8つの小前奏曲とフーガ集。最初に取り上げたのは約6年前の記事、カバレフスキー編曲のバッハ・オルガン曲。もちろんカバレフスキーのピアノ曲の全曲録音がメインテーマかとは思いますが、第2集、第4集、そして2015年にリリースされた第5集には、それぞれバッハのピアノ編曲が数曲ずつ同時収録されてきました。各集の収録曲は以下の通りです。
■カバレフスキー 2
・8つの小前奏曲とフーガ 第1番 ハ長調 BWV 553
・トッカータとフーガ ニ短調 (ドリア調) BWV 538
■カバレフスキー 4
・前奏曲とフーガ ハ短調 BWV 549
・8つの小前奏曲とフーガ 第3番 ホ短調 BWV 555
・8つの小前奏曲とフーガ 第4番 ヘ長調 BWV 556
・8つの小前奏曲とフーガ 第5番 ト長調 BWV 557
・8つの小前奏曲とフーガ 第6番 ト短調 BWV 558
・8つの小前奏曲とフーガ 第7番 イ短調 BWV 559
・8つの小前奏曲とフーガ 第8番 変ロ長調 BWV 560
■カバレフスキー 5
・8つの小前奏曲とフーガ 第2番 ニ短調 BWV 554
・トリオ・ソナタ 第2番 ハ短調 BWV 526
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左手用編曲の再燃
12月は、上旬にワンハンド・ピアノフェスタに参加して再び片手用編曲について刺激を受けて、たくさんの左手用編曲に取り組み、その中で以下を仕上げました。
小前奏曲 ハ長調 BWV 924
BWV924の小前奏曲は、原曲に忠実な版と、ペダルを使わなくても弾けるように簡略化した簡易版を作りましたが、結果的には簡易版の方が純粋でいい出来のように思います。
イギリス組曲より「二つのサラバンド」
イギリス組曲からの二つのサラバンドは、四年前の作品(第6番、第4番)の練り直しです。今回はドゥーブルは無しで、より音を厳選して、無理な跳躍を避けてペダルなしでも弾けるようにしました。この編曲を通じて、昔と比べて進歩していると実感することができました。
コラール前奏曲「甘き喜びのうちに」
J. S. Bach/ Chorale ‘In Dulci Jubilo’, BWV 729 arranged for piano left hand only by Hiroyuki Tanaka
バッハ若き日のオルガンコラール編曲、「甘き喜びのうちに」は、思いついてから一気に作ったものですが、無理なく広い音域を使っていて、自分でもかなりうまく仕上がったと思います。
小前奏曲とフーガ ホ短調 BWV 533
J. S. Bach/ Prelude and Fugue in e Minor, BWV 533 arranged for piano left hand only by Hiroyuki Tanaka
BWV533の小前奏曲とフーガは、フーガを含めてさほど無理なく編曲出来たということで満足していますが、上記のコラール編曲の方に比べると弾き易さは劣りますし、やはりフーガは初めから片手用に意識して創作されたものでないと難しいということを今回も痛感しました。
まだまだ片手用編曲構想中の曲がたくさんありあります。2016年も積極的にアウトプットしていきたいと思います。
左手のための練習曲 嬰ハ長調(BWV848)
J. S. Bach/ Prelude C sharp major from WTC Book I, arranged as an etude for left hand only by Hiroyuki Tanaka.
バッハ片手用編曲の20曲目は、平均律第1巻の第3番 前奏曲 嬰ハ長調(フーガは除く)を、左手用の練習曲として編曲しました。
今回は演奏会用の効果の追求や、あたかも両手で弾いたかのうに聞こえるような編曲ではなく、片手だけでバッハの音使いを感じることができるような編曲に仕上げました。
Organ Fantasia in G major BWV572
幻想曲、または Pièce d’orgue(オルガン曲)と名付けられた幻想曲 ト長調 BWV572 は、急-緩-急の3部に分かれており、バッハの曲ではめずらしく、フランス語による楽語がつけられていることも興味深いところです。
1. Très vitement
2. Gravement
3. Lentement
さてこの曲、特に第1部と第3部のトッカータ調の曲想は、かねてよりピアノでの演奏で新しい魅力が得られる曲として注目していました。第2部はオルガン的な荘重な音楽で、既にバックスによる良い編曲がA Bach Book for Harriet Cohenに収録されていました。一方で華麗な第1部や第3部を含めた、全楽章の編曲としてはヘルシャーやストラダルのものくらいで、良いピアノ用編曲と言うにはやや物足りないものでした。特に冒頭楽章はオリジナルの音だけだと単調な音楽になりがちです。3部分を通すことで、動機的統一もありバランスの良い曲となるだけに、充実したピアノ編曲は作れないものかと自分で編曲することも視野に入れて考えていました。
そんな中、現役の若手ピアニスト、グリャズノフ(Vyacheslav Gryaznov, 1982-)が自分の編曲によるこの 幻想曲 ト長調 BWV572 を弾いている動画を観て、あらためてこの曲をピアノで弾くことによる魅力を感じました。たとえば冒頭楽章ではバスに新しい走句が程よく付け加えられており、とても充実した音楽になっています。
演奏動画はこちらです。
なお、この曲の楽譜は彼の公式ホームページ(http://gryaznoff.com/en/)でダウンロードすることができます。
彼の編曲作品は近年出版されていますが、この曲は何故か出版楽譜には収録されなかったようです。グリャズノフ本人以外にも、より多くの人の目にふれてピアノで演奏されると良いなと強く思います。
サンサーンス編曲の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ BWV1005
ここ15年ほど、演奏会に出演させてもらえる機会には、ほぼ毎回バッハ関係の曲を取り上げています。弾きたい曲はたくさんあって尽きなく、どれを弾こうかなかなか決められません。そこで、ここ数年はアニバーサリーイヤーにあたる音楽家による編曲、という条件を取り入れています。さて2015年は誰がいるかと調べたところ、カミーユ・サンサーンス(Camille Saint-Saëns, 1835-1921)が生誕180年、ということでサンサーンス編曲のバッハに挑戦しました。
サンサーンスは、バッハのピアノ編曲として12曲(BWVでカウントすると13曲)残しています。6曲ずつセットで、第1巻は1862年に、第2巻は1873年にDurandから出版されました。先輩であるリストの編曲(6つのオルガン前奏曲とフーガの編曲は1952年に出版)と比べた大きな違いは、バッハのオリジナルが鍵盤楽器の曲ではない、カンタータや無伴奏ヴァイオリン曲からの編曲であることです。
今回私は、この第2巻の中の2曲目、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番(※1)の第2楽章「フーガ」の編曲に挑戦しました。
バッハの作品の中でも最も長いフーガであり、なんと354小節(※2)にわたりヴァイオリンだけで壮大な世界が繰り広げられる傑作です。フーガの主題はコラール「来たれ、聖霊よ、主なる神よ」であり、他のフーガと比べても息の長いテーマに、半音階の対位句が付いて回ります。軽快なエピソードを数回挟みつつ一旦頂点を築いた後、後半は逆行形でテーマが現れ、特に半音階上行により自信に満ちた音楽へと変わっていきます。サンサーンスの編曲は、この偉大なフーガをピアノで自然に弾けるようにしていることが何よりの功績ですが、特に広い音域を使うようにしていたり、裏拍を刻みながら盛り上がる部分などはピアノに適した表現となっていると思います。
今回もう一つの挑戦は、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番の第1楽章であるアダージョを編曲し、「前奏曲とフーガ」の形で演奏することでした。このアダージョは属調で終わり、さらにフーガも属音から始まることからも、それぞれ単独で演奏するよりもペアで演奏することが望ましいと言えるでしょう。さてこのアダージョは、実はバッハ自身によるチェンバロ用編曲が残されています。番号は BWV 968 が付けられているもので、バッハ自身によりト長調に移調されています。これは他のバッハ自身の編曲を色々見比べてみても、音の加え方などが手が込んでいます。バッハは自作の無伴奏弦楽器曲を鍵盤楽器でもよく弾いていたことを証明する良い例です。今回サンサーンス編のフーガとペアで演奏するにあたり、バッハ編曲のアダージョをハ長調に戻し、数ヶ所ピアノ向けに修正しました。またピアノの楽器特性に合わせて、両楽章ともに一般的なヴァイオリンでの演奏よりも速いテンポで演奏しました。
(※1) 当時は無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの区別をしていなかったようで、原題は「Fugue de la 5 e Sonate de Violon」となっていましたが、ここでは現代の番号体系に合わせています。
(※2) 同じような描写と判断したのか、サンサーンスの編曲では原曲の106小節目から135小節目の30小節を思い切って省いています。
スタンチッチのバッハ編曲
スヴェティスラフ・スタンチッチ(Svetislav Stančić, 1895-1970)、クロアチアのピアニスト、作曲家、そして音楽教育者です。去年、黒岩悠氏のCD「Inspire To/From J.S.Bach」で初めて知った音楽家でした。興味深いバッハのピアノ編曲を残していたため、その後この音楽家について調べ、楽譜を探していました。
英語圏の情報を探してもなかなか見つけられず、YouTubeで見つけたスタンチッチを弾くピアニストにメールで頼み込み、楽譜をコピーしてもらいました。感謝です。
スタンチッチは、1920年から1922年にかけて、ブゾーニの元で作曲を学びました。そのワークショップの中で1922年に創られた編曲が、今回紹介する『カンタータによる4つの前奏曲』(Vier Kantaten – Vorspiele)で、ブゾーニに捧げられたようです(an Feruccio Busoni, Berlin 1922. と書いてありました)。収録曲は以下の4曲、それぞれカンタータの冒頭楽章をピアノ・ソロ用に編曲しています。さすがブゾーニの弟子、分厚い音で豊かな響きを出すことに成功しています。また、この4曲を続けて演奏すると、緩-急-緩-急、長-短-短-長、バランスの良い4楽章の楽曲として演奏可能です。以下、譜例とともに紹介します。
1. Prelude from Cantata BWV 106 “Actus tragicus”
2. Prelude from Cantata BWV 18 “Sinphonia”
3. Prelude from Cantata BWV 12 “Weinen, Klegen, Sorgen, Sagen”
4. Prelude from Cantata BWV 31 “Am ersten Osterfesttage”
録音は、前述した黒岩氏のCD(1曲目)の他、いくつかはYouTubeで聴くことができます。
こちらはKadri-Ann Sumera による3曲目の演奏。YouTubeには2曲目の演奏もアップされています。
こちらは全曲を通した、スタンチッチの弟子であるRanko Filjak の録音。
手の込んだ素晴らしい編曲であるため、もっと世に広まってもらいたいものです。
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ブゾーニ編曲の「聖アン」初版
ブゾーニ(Ferruccio Busoni, 1866-1924)編曲の、オルガン前奏曲とフーガ、変ホ長調 BWV552。通称は「聖アン」。そのフーガは私が最も好きなフーガであり、今まで何度か挑戦し弾いたことがあります。バッハのピアノ編曲の中では比較的有名な部類に入りますが、世の中に出回っている楽譜は改訂されたものであり、ほとんど知られていない初版があります。存在は知りつつも、なかなか入手できずにいたこの初版、ようやく入手しました。
さてこの初版は1889年にRahter社から出版されました。改訂版は、細かい点でいくつか改良されているのですが、その際に大きくカットされてしまった部分があります。それが、前奏曲とフーガの間に任意で挿入されるカデンツァ。前奏曲の最後の和音を偽終止とするOssiaが付き、11小節にわたるカデンツァが二種類用意されています。
この初版をカデンツァ付きで演奏した録音は、私が知る限り二つあります。
まずは、hyperionのバッハ編曲集CDの第1弾、ニコライ・デミジェンコの演奏。こちらでは一つ目のカデンツァを演奏しています。
昔この演奏を聴いた時には、楽譜が存在することは知らずに、奏者のアドリブで弾いていると思い込んでいました。前奏曲の中でも度々登場するジグザグ音形をオクターブ重音、トレモロで演奏させるカデンツァです。
もう一つは、以前にも紹介した ホルガー・グロショップのブゾーニ編曲作品集 に含まれたもの。こちらは二つ目のカデンツァを演奏しており、このCDのライナーノートを見て、この初版の存在とカデンツァが二つ存在することを知りました。こちらは、一つ目と同じ音形を単音で弾きつつ模倣的書法で重ねていく形で頂点を築いています。
初版と改訂版の一番大きな違いはこのカデンツァの有無ですが、それ以外にも細かい違いがいくつかあります。まずは前奏曲の冒頭、初版では下降音形をトレモロにしていますが、改訂版では3オクターブで弾かせます。前奏曲の終結部では、改訂版ではトリルをより長く聞かせる編曲上の工夫を加えています。全般的に初版には第三のペダル(ソステヌート・ペダル)の明確な指示があるのに対して、改訂版にはその指示は見られません。最後にコーダは、初版では高音域でのトレモロなのに対し、改訂版では中音域でかつアラルガンドを表現するために1小節追加しています。多くは改良されたと見做せますが、カデンツァやソステヌート・ペダルの指示が初版にしかない部分などには疑問も残ります。何にせよ、貴重な資料となりました。
来年2016年はブゾーニの生誕150年となります。いい機会なので、この初版を使ってカデンツァも含め、再度演奏してみたいと考えています。
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